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横浜地方裁判所 平成元年(カ)3号 判決 1990年1月18日

再審原告 光商事有限会社

右代表者代表取締役 岩本則夫

右訴訟代理人弁護士 湯浅徹志

再審被告 小山昌彦

右訴訟代理人弁護士 神宮壽雄

同 上林博

同 小名雄一郎

主文

一  本件再審の請求を棄却する。

二  再審訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  再審原告

1  再審原告を債権者、再審被告を債務者とする横浜地方裁判所昭和六三年(モ)第三四七五号不動産仮差押異議申立事件について、同裁判所が平成元年二月二三日に言い渡した判決を取り消す。

2  再審原告を債権者、再審被告を債務者とする横浜地方裁判所昭和六一年(ヨ)第一五五五号不動産仮差押申請事件について、同裁判所が昭和六一年一二月一五日になした仮差押決定を認可する。

3  訴訟費用は全部再審被告の負担とする。

二  再審被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の理由

1  再審原告を債権者、再審被告を債務者とする横浜地方裁判所昭和六三年(モ)第三四七五号不動産仮差押異議申立事件(以下「前訴訟」という)について、同裁判所は、平成元年二月二三日、「再審原告(債権者)と再審被告(債務者)間の横浜地方裁判所昭和六一年(ヨ)第一五五五号不動産仮差押申請事件について、同裁判所が昭和六一年一二月一五日になした仮差押決定はこれを取り消す。再審原告(債権者)の右仮差押申請を却下する。」との内容の判決(以下「原判決」という)を言い渡し、右判決は平成元年三月一六日確定した。

2  しかしながら、原判決は、次項以下に述べるとおり、再審原告(債権者)代理人弁護士甲野太郎が昭和六三年四月二六日に訴訟代理権を喪失していたにもかかわらず、同弁護士を前訴訟の訴訟代理人として取り扱って訴訟手続を行い、判決を言い渡したものであり、これは民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由に該当する。

3(一)  甲野弁護士は、横浜地方裁判所昭和六一年(ヨ)第一五五五号不動産仮差押申請事件(以下「本件仮差押」という)について、再審原告(債権者)から請求債権の金額を一億九〇〇〇万円として委任され、保証金として現金一九〇〇万円を預かった。

ところが、甲野弁護士は、請求債権額を一億五〇〇〇万円として本件仮差押を申請し、保証金一五〇〇万円を供託して横浜地方裁判所より仮差押決定を受け、残り四〇〇万円を着服してしまった。

(二) 更に、甲野弁護士は、再審原告から仮差押の本案訴訟として一億九〇〇〇万円の支払を請求する訴え提起を委任され、訴訟実費の貼用印紙代として九五万七六〇〇円を預かった。

ところが、甲野弁護士は、事件の依頼を受けてから半年後の昭和六二年六月一八日になって、本案訴訟として東京地方裁判所に対し一億円の支払を求める訴訟(同庁昭和六二年(ワ)第八三一一号)を提起したのみで、残りの貼用印紙代四五万円を着服してしまった。

(三) 右本案訴訟において甲野弁護士は四回廷出頭したのみで、昭和六三年一月二八日の期日に出頭せず、本案訴訟は休止になった。

(四) 再審原告代表者岩本則夫は、昭和六三年四月二六日、甲野弁護士を再審原告の本社応接室に呼び出し、前記(一)ないし(三)の事情を詰問したところ、甲野弁護士はこの事実を認めた。

そこで、再審原告代表者岩本則夫は、甲野弁護士に対し、本案訴訟の訴訟代理人だけでなく、本件仮差押の訴訟代理人をも解任する旨を告げ、甲野弁護士の了解を得た。

(五) その結果、甲野弁護士は、同月二七日、訴訟代理人を辞任する旨の届を本案訴訟の係属裁判所である東京地方裁判所に提出した。

(六) 従って、甲野弁護士は本件仮差押に対する異議申立てのあった昭和六三年一〇月二一日には訴訟代理人ではなく、それ以後に取られた前訴訟の訴訟手続について訴訟代理権を喪失していたことは明白である。

4  甲野弁護士に代わり本案訴訟の訴訟代理人に選任された再審原告訴訟代理人は、本案訴訟の昭和六三年五月二六日午前一〇時の口頭弁論期日において、再審被告訴訟代理人に対し、甲野弁護士が本案訴訟の訴訟代理権を失った旨を告知した。従って、再審被告は甲野弁護士が訴訟代理権を喪失していたことを知っていたものである。

5  本案訴訟の訴訟代理権は当然に保全処分の訴訟代理権を包含しており、辞任によって主たる本案訴訟の訴訟代理権を失うことは、特別の意思表示のないかぎり、従たる保全処分の訴訟代理権をも失うことになる。

また、再審原告は、本案訴訟の提起を含む内容で甲野弁護士に保全処分を委任したものであり、甲野弁護士は本案訴訟の訴訟代理権を喪失したことにより本件保全処分の訴訟代理権をも失ったものである。

なお、再審被告としても、甲野弁護士が本案訴訟の訴訟代理権を失ったことを知ったのであるから、以上の理由により当然に保全処分の訴訟代理権をも失ったことを知ったものである。

6  本件仮差押は約束手形金債権を被保全権利としているのに対し、前記本案訴訟は保証債務の履行をその請求原因としている。

しかしながら、右仮差押は、約束手形の真近の裏書人である再審被告の責任を追及するものであって、裏書による抗弁権の切断が問題にされることはない事案であり、再審被告にとって、裏書人としての責任も連帯保証人としての責任も、実質的にかわりはない。従って、本件では、仮差押の被保全権利である約束手形金債権と本案訴訟での保証債務履行請求権とは請求原因の基礎が同一と考えられ、その同一性を失うものではない。

仮に右主張が認められないとしても、再審被告は、本案訴訟において約束手形金債権を予備的請求として追加しており、本件仮差押の被保全権利を請求原因として主張している。従って、本件仮差押の被保全権利と本案訴訟の請求原因は請求の基礎において同一性を有する。

7  よって、原判決の変更を求めるため本訴に及ぶ。

二  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の理由1の事実は認める。

2  同2は争う。

3  同3のうち、(一)、(二)は知らない。(三)は認める。(四)は知らない。(五)は認める。(六)は争う。

4  同4のうち、再審原告訴訟代理人が、本案訴訟の昭和六三年五月二六日午前一〇時の口頭弁論期日において、再審被告訴訟代理人に対し、甲野弁護士が本案訴訟の訴訟代理権を失った旨を告知したことは認めるが、再審被告訴訟代理人は甲野弁護士が前訴訟の訴訟代理権をも失ったことは知らなかった。

5  同5のうち、再審原告が甲野弁護士に対し、本案訴訟の提起を含む内容で保全処分を委任したことは不知、その余の事実は否認する。

6  同6は争う。

7  本件仮差押申請事件及び前訴訟において、甲野弁護士から辞任届は提出されておらず、再審原告の請求は再審事由に該当しない。

再審原告の本案訴訟は、保証債務請求事件として東京地方裁判所に提起されたのに対し、本件仮差押は横浜地方裁判所に提起されている。このように、本案訴訟と保全処分が別個の裁判所に提起され、しかも、請求原因の同一性について問題の多い事案である場合、本案訴訟の訴訟代理権の消滅は、保全処分の代理権消滅の効果を発生させないものと考えるべきである。

ところで、前訴訟については、甲野弁護士のもとに横浜地方裁判所からの期日呼出状が何回か到達している。従って、甲野弁護士としては、保全処分についても辞任したのであれば、右呼出状を受領した機会に、横浜地方裁判所に対して簡単にその辞任届を提出できた筈である。このように、簡単な行為を怠っていた者が再審の訴えで原判決を覆そうとすることは、権利の濫用といわざるを得ない。

なお、再審原告の本案訴訟のもと代理人甲野弁護士と現代理人湯浅弁護士は親友の間柄であるから、本案訴訟及び保全処分のいずれについても、甲野弁護士と湯浅弁護士は密接な連絡を取り合えた筈である。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求の理由1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、再審原告主張の再審事由の有無について判断する。

甲野弁護士が、昭和六三年四月二七日、本案訴訟の係属裁判所である東京地方裁判所に対し、訴訟代理人を辞任する旨の届を提出したこと、再審原告訴訟代理人が、本案訴訟の同年五月二六日午前一〇時の口頭弁論期日において、再審被告訴訟代理人に対し、甲野弁護士が本案訴訟の訴訟代理権を失った旨を告知したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》に右争いのない事実を総合すると、甲野弁護士は、昭和六二年六月一八日、再審原告の訴訟代理人として、東京地方裁判所に対し、再審原告が三重工業有限会社に貸し渡した一六億七〇〇〇万円について再審被告が連帯保証をしたとして、再審被告を相手に、右保証債務内金一億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴え(東京地方裁判所昭和六二年(ワ)第八三一一号保証債務請求事件)を提起したこと、甲野弁護士は、昭和六三年四月二七日、東京地方裁判所に対し、右訴訟の代理人を辞任する旨記載した同月二六日付の辞任届を提出し、右訴訟において再審被告の訴訟代理人を務める小名雄一郎弁護士は、同年五月二六日右辞任届の副本を受領したこと、右本案訴訟について再審原告の訴訟代理人となった湯浅徹志弁護士は、その後、右本案訴訟において、予備的に約束手形の裏書人としての遡求権を行使する請求を追加していることが認められる。

また、甲野弁護士が、昭和六一年一二月一二日、再審原告の代理人として、横浜地方裁判所に対し、再審被告を相手方とし、再審原告が再審被告に対して有する三重工業有限会社振出、再審被告裏書にかかる額面合計一億九〇〇〇万円の約束手形債権の内金一億五〇〇〇万円を請求債権として、再審被告所有の不動産について仮差押申請(横浜地方裁判所昭和六一年(ヨ)第一五五五号)をなし、同月一五日その旨の仮差押決定が発せられたこと、右仮差押申請には、再審原告が甲野弁護士に対し、債権者を再審原告、債務者を再審被告とし、裁判所を横浜地方裁判所として、不動産仮差押を申請する一切の件を委任する旨記載された昭和六一年一二月一一日付委任状が添付されていたこと、再審被告が、昭和六三年一〇月二一日、右仮差押決定に対する異議を申し立てたため(横浜地方裁判所昭和六三年(モ)第三四七五号)、横浜地方裁判所は、右異議事件の口頭弁論期日を昭和六四年一月一二日午前一〇時と指定し、甲野弁護士を再審原告の訴訟代理人として、異議申立書副本とともに右口頭弁論期日の呼出状を発送し、右書類は昭和六三年一二月五日甲野弁護士に送達されたこと、甲野弁護士は右口頭弁論期日に不出頭であったため、横浜地方裁判所は、再審原告の仮差押申請書を擬制陳述とし、再審被告に異議申立書を陳述させ、次回期日を平成元年二月九日午前一〇時と指定したこと、平成元年一月一四日、甲野弁護士に対し、再審被告から提出された書証とともに右次回期日の呼出状が送達されたが、右期日においても甲野弁護士は不出頭であったため、横浜地方裁判所は同日弁論を終結し、判決言渡期日を同年二月二三日と指定し、同月一四日、甲野弁護士に対し右期日の呼出状が送達されたこと、右期日に言い渡された判決の正本は、同年三月一日甲野弁護士に送達されたが、右仮差押申請事件及び異議申立事件を通じて、甲野弁護士又は再審原告から横浜地方裁判所に対し、甲野弁護士が右事件の訴訟代理権を喪失した旨の届出は全くなされなかったこと、以上の事実は当裁判所に顕著である。

ところで、訴訟代理権の消滅は、訴訟手続の安定と明確とを期するうえから、これを相手方に通知しなければその効力を生じないものであって(民訴法八七条、五七条)、相手方の知不知、過失の有無等は問うところではないと解される。そして、民訴法には右通知の方式について何らの定めはないが、訴訟代理人の権限は書面をもって証明されなければならないのであるから(民訴法八〇条一項)、訴訟代理権消滅の通知についても、右趣旨に従い、裁判所にその旨の書面を提出する等記録上一義的に知り得る方法でなされることを要するというべきである。

また、訴訟代理人は、委任を受けた事件について保全処分に関する訴訟行為をもなしうるが(民訴法八一条一項)、本案とは別個に保全手続についてのみ委任することも許されるものであり、この場合には、本案において訴訟代理権が消滅したからといって、保全手続についての委任が当然に消滅するとは解し難い。ただ、本案の訴訟代理人が保全処分に関する訴訟行為をなす場合、実務上の取扱いとしてはその保全事件について別個に委任状を提出するのが通常であるため、保全事件について委任状が提出されている場合であっても、保全手続についてのみ委任したものか、右実務上の取扱いに従って便宜委任状を提出したものか直ちに判明するものではない。そして、本案訴訟における訴訟代理権消滅が当然にすべての保全手続における代理権消滅をもたらすものとすると、本件の如く保全裁判所と本案裁判所とが異なるような場合、本案訴訟において訴訟代理権の消滅を相手方に通知することによってその効力が生じても、その旨が保全裁判所に届けられない限り、保全裁判所としてはその消滅を全く把握できないという状況が生じることになり、保全裁判所は、絶えず本案訴訟の係属状況(それが本案であるかの判定も含めて)を調査し、本案訴訟において訴訟代理権が消滅していないかどうかについて注意を払わなければならないことになる。しかし、これでは訴訟関係の安定は期せられないことになり、訴訟代理権消滅について手続の画一的処理を図ろうとした所期の目的が達せられないこととなる。

そこで、保全事件について裁判所に委任状が提出されているときは、本案訴訟における訴訟代理権が消滅しても直ちに保全手続における代理権消滅の効力が生ずるのではなく、本案とは別個に、その保全手続における訴訟代理権が消滅した旨を保全記録上一義的に知り得る方法で相手方に通知することを要するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、本件仮差押申請事件及びその異議事件である前訴訟を通じ、再審原告又は甲野弁護士からその係属裁判所である横浜地方裁判所に対し、甲野弁護士が右事件の訴訟代理権を喪失した旨の届出は全くされていなかったものであるから、右仮差押申請事件において代理権を有していた甲野弁護士は、その異議事件である前訴訟においても依然として代理人たる地位を有していたものであり、同弁護士を再審原告の訴訟代理人として取り扱った原判決に何ら代理権欠缺の瑕疵はないというべきである。

これを実質的にみても、前記認定の事実関係のもとでは、前訴訟において裁判所から幾度も通知を受けた甲野弁護士としては、本案同様前訴訟の辞任届を提出することが極めて容易であったといえるから、これを怠ったものである以上、再審原告の側にその不利益を負わせることはやむを得ないというほかない。再審原告としても、本件仮差押申請の際には甲野弁護士に対する委任状を作成しているものであり、また、再審原告の主張によると、再審原告は本件仮差押についても甲野弁護士を解任したというのであるから、本件仮差押を甲野弁護士に依頼した再審原告自ら横浜地方裁判所に代理権消滅を届け出ることも当然に可能であり、また、本件仮差押申請事件において甲野弁護士の辞任届が提出されているか否かを確認することも可能であったというべきである。

以上によれば、再審原告主張の再審事由は認めることができない。

三  よって、本件再審の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森髙重久)

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